140922今年の夏は、たくさん雨が降りました。
雨のせいでみなさんの夏休みの予定が変わってしまったことも多かったでしょう。日本全国でも雨に悩まされたニュースがたくさんありました。
先生が子供だったころ、雨が降って遠足など楽しみにしている時に「雨なんか降ってほしくないなぁ。」なんて文句を言うと、「自分たちが毎日食べているお米や野菜は雨がないと育たない。作物を育てて生活をしている人にとって、雨は大切なものなのだから、そんなばち当たりことは言っちゃいけない。」と、おばあちゃんに怒られたものです。
 “鬼雨”と“喜雨”という言葉があります。どちらも「きう」と読みますが、鬼のしわざかと思えるような激しい大雨、長い日照りの後でようやく降った恵みの雨、というまったく正反対の意味を持つ言葉です。

日本はそれほど大きい国ではないにもかかわらず、季節ごとに、また土地ごとに様々な雨が降ります。昔から日本には雨を表す言葉がたくさんあります。
例えばおなじみの“梅雨”。「ばいう」とも「つゆ」とも読みますが、六月から七月にかけて降る長い雨を表す言葉は中国、朝鮮半島の一部と日本にしかないのです。

さらに日本では、
初夏に降り若葉からしたたる“青梅雨”「あおつゆ」、
激しく降ってはサッと止む“男梅雨”「おとこつゆ」、
しとしと長い“女梅雨”「おんなつゆ」、
集中豪雨となる“荒梅雨”「あらつゆ・あれつゆ」、
ほとんど降らない“空梅雨”「からつゆ」
など、いろんな表現があります。

“時雨”「しぐれ」は秋から冬にかけて降ったり止んだりを繰り返す雨のことですが、
朝方に降ったり止んだり“朝時雨”「あさしぐれ」、
北風とともにやってくる“北時雨”「きたしぐれ」、
京都の北山の風物詩“北山時雨”「きたやましぐれ」、
冬の紅い花が咲く頃に降る“山茶花時雨”「さざんかしぐれ」
など、風情ある呼び名が多くあります。

他にも四季折々に“五月雨”、“村雨”、“霧雨”、“氷雨”、“私雨”、“洒涙雨”などがありますが、みなさん全て読めますか? “神立”、“銀竹”、“狐の嫁入り”、“桜ちらし”、“山茶花ちらし”、“麦喰らい”、“大根ずり”、“なごの小便”など、雨という字を使わない雨の呼び方もたくさんあります。どんな雨かは是非調べてみてください。
また、“雨降って地固まる”、“晴耕雨読”など雨にまつわることわざや熟語・慣用句も国語の授業でたくさん学んできました。
最近知ったのですが、“桜雨”という苗字の人が存在するそうです。なんだか風流な名前ですね。

このように日本にはたくさんの雨の言葉があるのはなぜでしょうか。
日本人は長いあいだ、雨に悩まされながらも雨に恵みを受け、雨ととともに生きてきました。だからこそ日本人は、どこの国の人よりも雨の恐ろしさを知り、雨のありがたさを知っているのだと先生は思います。日本人ほど雨が好きな国民はいないのではないでしょうか。

みなさんも今度雨が降った時には、この雨はなんていう名の雨かな?どんな名前をつけようかな?など、雨に思いを巡らせて見てください。今まで憂鬱だった雨の日が、なんだか愉しくなるかもしれません。

140916みなさんは、言葉の意味を調べるときに国語辞書を使っていると思います。先生も先日、辞書である言葉の意味を調べました。
その際、調べた言葉と同じページにあった別の言葉の解説に驚かされました!
思わず辞書の名前を確認すると「新明解国語辞典」。インターネットで調べてみると国語辞書の中でも、言葉の意味や使い方に独特の表現を用いているということで有名な辞書でした。

いくつか個性的な解説を他の辞書(「大辞林」)と比較してみます。

「はまぐり【蛤】」
(大辞林)マルスダレガイ科の二枚貝。内湾の砂泥地にすみ、殻は丸みのある三角形で、殻長8センチくらい。
(新明解)遠浅の海にすむ二枚貝の一種。食べる貝として、最も普通で、おいしい。
⇒辞書に味の感想が書いてあるとは、とてもめずらしい。また、人によって普通は違うのではないでしょうか。先生にとっての普通の貝は「あさり」です。

「れんあい【恋愛】」
(大辞林)男女が恋いしたうこと。また、その感情。
(新明解) 特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。
⇒とっても情熱的に表現されていることに驚きです。

「ぼんじん【凡人】」
(大辞林)普通の人。
(新明解)自らを高める努力を怠ったり功名心を持ち合わせなかったりして、他に対する影響力が皆無のまま一生を終える人。
⇒自らを高める努力を怠ってはいけないと、戒められた気分になります。

辞書にのっている言葉は、辞書なので決して間違った意味ではありません。しかし、独特の解釈が非常に興味深いですね。このおもしろさに惹かれ、先生は、今では気になる言葉をすぐに探すようになりました。

ところでみなさんは、現在、学校の宿題や能開の勉強が、ただの「こなすための勉強」になっていませんか?能開の宿題はちょっぴり量も多いため、その気持ちもわかります。
しかし、参考書を見比べてみたり、調べた単語の近くの単語に寄り道してみたり、資料集の端っこに載っている実験や写真を確認することの方が、ずっと記憶に残るものです。

10月にはオープン模試も開催され、中3生は公立模試もスタートします。毎週のゼミの宿題で「本物の力」をつけていくためにも、勉強の道草をしてみませんか。

140908長かった夏休みもあっという間に終わりましたね。
今年の夏休みはどうでしたか?よいものにできたでしょうか?

ちょっと遅いですが、夏といえば…。いろいろ思い浮かべますが、先生は真っ先に「海」を思い浮かべます。
だから毎年必ずすることがあります。それは「ふるさとの海に入る」ことです。

先生のふるさとは、瀬戸内海の小さな島です。周りは海に囲まれていたので、海は当たり前にあるものでした。
小、中学生のころは、それこそ毎日泳ぎに行っていました。みなさんがプールに行くようなものです。潮の満ち干きによって1日に泳げる時間が決まっていました。だいたい3~4時間くらいなのですが、それを中心に1日の生活の予定が決まっていました。
時間になると「命札」というかまぼこ板に自分の名前や連絡先を書いたものを手ににぎりしめて、海まで走っていきました。海まで走ると2~3分で着きます。天気だろうが、雨が降ろうが平気で泳いでいました。
高校は隣の島まで船で通いました。授業中、窓の外に目をやると、海が見えました。毎日の生活の中にいつも「海」が普通にありました。

今はふるさとを離れているので年に1回か2回くらいしか帰れませんが、それでも毎年海に入ります。
能開の先生をし始めてからは7月8月は忙しいので、いつも夏休みの最後に、少しだけでもふるさとに帰るようにしています。つかの間の夏休みです。シーズンではないので海には誰もいません。それでもふるさとにもどって、海を見て、足だけでも海に入ります。さすがに今は泳ぎませんけどね。

海をぼーっとながめていると、いろいろな思いが頭をめぐっていきます。
楽しかったこと、うれしかったこと、悲しかったこと、くやしかったこと…。
一通り考えると、不思議なことに「よし、やるぞ!」という気持ちになります。変わっているかもしれませんが、先生の1年間はここに区切れ目があります。そして、「よし、またがんばるぞ!」という気持ちになります。

夏休み、よくみなさんはがんばりましたね。ここからが本当の勝負です。
でも、ずっとがんばり続けるって、すごく大変なことですよね。切り替えってものすごく大切です。学期のスタートは切り替えのチャンスですよ。みなさんはどんなことをすれば気持ちが切り替わりますか?

もしかしたら海を見ると気持ちが切り替わるかもしれませんよ。

140901皆さんは音楽が好きですか?
先生はクラシック音楽がとても大好きです。

「クラシック」といえば、非常に堅苦しくて、聞いていて眠くなる…を思う人がいるかもしれません。
しかし、よく考えてみてください。「クラシック」と呼ばれる音楽が作られた当時にしてみれば、私たちが考える「流行歌」と大して変わらない位置づけだったんですよ。
だから、「クラシック」と呼ばれる音楽は、当時の流行やメッセージがふんだんに盛り込まれているんです。その中の一つを紹介しようと思います。

先生のお気に入りの曲の一つに「序曲1812年」という曲があります。作曲者はピョートル・チャイコフスキー。「くるみ割り人形」などを作った人として非常に有名です。
しかしこの曲は、クラシック音楽の中でも非常に珍しいことですが、通常楽器としては扱われないものを楽器として使われていることで知られています。
何だと思いますか?それは「大砲」です。なんで?と思うかもしれませんが、実はその理由はタイトルからもわかります。

1812年という年は、フランス史上最大の英雄であるナポレオンがロシア遠征を行って、大損害を出して撤退する年です。ロシアでは、今でもロシア遠征を「祖国戦争」と呼び、誇りに思っています。
この年は、ヨーロッパ史においても非常に重要な年です。当時無敵だと思われていたナポレオン率いるフランス軍がロシア軍に大敗したという事実は、ナポレオンのことを快く思っていないヨーロッパ各国に勇気付けることになり、後のナポレオンの滅亡へと繋がっていくきっかけとなったからです。

さて、「序曲1812年」は、フランス軍がロシアに攻めてくる様子や、ロシア軍がフランス軍をやっつける光景を表現しています。その最大の盛り上がりを見せる部分で「大砲」の出番がやってきます。「大砲」を用いることで、ロシア軍がフランス軍をやっつけたことを強調しているわけです。

チャイコフスキーはこの曲の作曲をとても嫌がりました。彼は友達への手紙の中にも、「この作品を愛情もって作ってはいない」といっているくらいです。それでも、彼は短期間でこの曲を完成させて発表しています。するとロシア国内で大反響を巻き起こし、世に知られる曲となりました。ただし、この曲はフランス国内ではほとんど演奏されることはありません。だって「フランスが負けた」ことを表現している曲なのですから。

先生が君たちに伝えたいことは、「芸術作品」として世に残っているものには、それぞれの背景があり、作曲者の思いや意志が込められているということです。

「読み取る」ということは、単に「国語の問題で正確に答えを出す」というだけではありません。なぜそういう結論に至ったのかということを掘り下げて考えることこそ、真の「読み取り」なのです。
皆さんにはいろんな本に接して欲しいと思います。いろんな情報に接して欲しいと思います。その中で、いろんなことがわかってきます。ぜひいろんなものに接してください。いろんなことを体験してみてください。

皆さんには、多様なものの考え方やものの見方を持って欲しい、そう先生は願っています。

140825こんにちは。夏休みももう終わろうとしていますが、自由研究などは進んでいますか?
さて、今日は「メビウスの輪」について話をします。
知らない人のために簡単に説明しておくと、長方形の細長い紙を180度ねじって、両端を貼り合わせたものです。数学者アウグスト・フェルディナント・メビウスが発見し、その名前の由来になりました。
この輪には、表と裏がありません。つないだ輪の外側をずっとなぞっていくと、いつの間にか裏側になっています。最近では見なくなりましたが、カセットテープなどに利用されてきました。
 
この「メビウスの輪」ですが、不思議がいっぱいなんです。
みなさんは、この輪の中心(輪の幅のちょうど真ん中)をはさみで切っていくとどうなると思いますか?180度のひねりをつけずに、つなげた長方形の輪であれば2つの輪に分かれますね。メビウスの輪の場合は、ちょうど切り終わると、元の輪の倍の大きさの輪が1つできます。
さらに、メビウスの輪の幅の3分の1のところを切り続けていくとどうなるのでしょうか?1周した段階では、180度ひねっていますので、切れ目がずれます。そして更に1周切り進めて行くと、ちょうどきり終わります。さて、どうなるでしょう。
実は2つの輪ができます。1つは元のメビウスの輪と同じ大きさの輪。もう1つは元の輪の倍の大きさの輪です。しかもこの2つの輪は交差して繋がっているんですね。
他にもねじりを360度、540度としてみたり、切り始める位置を変えたりして、いろいろと実験することができます。

さて、みなさんどうですか?上の結果は想像できましたか?

私たちは何気なく暮らしている中で、自分の今までの経験から「限界」を作ってしまいがちですが、思ったことと違う結果になることもあります。

「こんなことはできない。」「やらなくてもわかる。」

果たして本当でしょうか?
今まで大きな世界で成功してきた人の多くは口をそろえて「やったか、やらなかっただけの違いだ。」と言っていますね。皆さんには自分でも気付いていない大きな力があります。誰しもにあります。
だからこそ、先ずは「やってみる。」ことに大きな価値があり、その先には自分の想像もしえない「達成感」が待っていることでしょう。

2次講習会が行われているところも多いかと思いますが、宿題の多さを嘆く前に、まずはやってみる。問題が難しくて、難しいと愚痴をこぼす前に参考書を開いてみる。そういったことの積み重ねた結果、講習会が終わる頃には、誰のものでもない、とっておきの自分専用の参考書が出来上がっているはずです。

「自分に限界はない!」といった意気込みで残り少ない夏を精一杯、乗り切ってください。

140818先日、高校のときの同窓会があり、久しぶりに地元の友達と会ってきました。
これは、そのときに友達から聞いた、ある人のお話です。

その人には中学生の娘さんがいます。その子は幼いときに病気を患い、車イスがないと生活が出来ないのです。
ある日、病院に行ったときのことです。普通であればお父さんがいつも送り迎えをしてくれるのですが、その日は出張だったので、仕方なくバスで行ったそうです。その帰りでの出来事。

その日のバスは、座れないほどではないのですが、乗客が多かったそうです。娘さんは、当然車イスでしたから優先席のほうへ行き、座席に移動したのです。
車イスから移ったり車イスをたたんだりするので時間がかかるのですが、その間バスは停まって待ってくれていました。そして、お母さんは車イスがありますから、人の邪魔にならないように出来るだけ端に寄って立っていました。

いざバスが動き出すと、後ろのほうに座っている女性二人組のお客さんから、次のような会話が聞こえてきたそうです。
「迷惑よねえ。こっちも急いでいるのに。」
「ホント。車で行けばいいのにさ。じゃなかったらタクシーがあるのに。」
「まわりの迷惑を考えないのかしら。」
お母さんも申し訳なく思っているのです。バスに乗るときに、わざわざ「すみません」と皆に言って乗っているのですから。

しかし、容赦のない言葉に娘さんもその場に居づらくなり、
「お母さん、降りよう。」と涙目で訴えてきたそうです。
お母さんも、悔しさと悲しさで居づらくなり、次で降りようと降車ボタンを押そうとしました。
すると、バスは信号待ちでもないのに停車し車内放送が入りました。
「お客さん、申し訳ないんだがここで降りてください。」と。

その親子は、
「本当にすみません。今すぐ降ります。」といい、降りる準備を始めたのですが、
「いやいや、お母さんたちではないですよ。その後ろのお二方です。人に迷惑をかけるような方のご乗車はご遠慮いただいています。ここで降りてください。」
二人の女性客は、何かと言い返したのですが、運転手さんはガンとして聞き入れず、結果として女性客二人はその親子をにらみつけながら降りていったそうです。

親子が目的地で降りるときには、周りのお客さんが手伝ってくれたそうです。
親子は何度もお礼を言いましたが、運転手さんは、
「嫌な思いをさせて申し訳ありませんでした。お大事にね。」
と逆に謝られたそうです。
二人は感謝の気持ちでいっぱいで、涙がでてきたそうです。

この話しを聞いたとき、先生は「この運転手さんスゴイ!」と思ったのと同時に、「自分に出来るだろうか?」と深く考えさせられました。頭ではわかっていても行動にまで起こす勇気はないかもしれないなと、反省しました。
今の世の中、逆ギレされて自分に被害が及ぶこともありますから、一概には言えないかもしれません。しかし、皆さんにはこの運転手さんのように、弱者の立場になって物事を考え、勇気をもって行動できる大人になって欲しい、と思っています。

140811毎年8月14日が近づくと、必ず思い出すことがあります。
それは先生が初めて海外に行った時のことです。

先生は大学の留学プログラムを利用して20歳の8月14日にアメリカに行きました。アメリカは日本の国土の約26倍。国内は飛行機で移動するのが当たり前の国です。
先生が目指す大学はアメリカ中部にあり、成田空港を出発した後、一度アメリカのシカゴ・オヘア空港というところで飛行機を乗り換えなければいけませんでした。
シカゴのオヘア空港には次の飛行機が出発する3時間ほど前に到着していましたが、飛行機を降りると入国審査を待つ人たちで長蛇の列。入国審査を通過するのに2時間くらいかかりました。
待っている間も乗り換え時間のことばかり考えてしまい、不安で仕方がありませんでした。

結局、その先の税関を通過した時には次の飛行機の出発時間まで1時間をきっていたため、急いで次のゲートに向かいました。しかし、空港が広すぎて自分が次にどこへ向えばよいのかわかりません。まるで迷子になった気分で近くにいる人に自分のチケットを見せては道を聞き、空港内をぐるぐる歩き回りました。
出発ゲートに到着したときには予約していた飛行機は既に飛び立っていました。自分の無能さに嫌気が差し、飛行機のチケットも買いかえなければいけないな…と諦めつつ、航空会社の人に話をすると、即答で「次の便に乗るといいわよ!」と言われ、新しいチケットを手渡されました。何だかバスのチケットでも予約していた感覚でした。
さすが飛行機社会のアメリカだなと感心するとともに、経験がないとちょっとしたことでも悩んでしまうのだな…と感じました。

自分が行ったことがない場所へ行ったり初めてのことに挑戦すると、多少は焦ったり居心地が悪く感じたりします。しかし、新しい場所へ行けば必ず楽しいことや新しい出会いが待っています。多少の不安や居心地の悪さを理由に、心地よい場所に居つづけていても成長はありません。
人は経験を積むことによって心に余裕が生まれ、さらに行動的になれると思います。勇気を出し前に進まなければいつまでも弱い自分のままです。

若いうちに色々な経験を積んで、心に余裕を持った強い人になっていきたいですね。

140804一昨年、東北地方を襲った東日本大震災による甚大な被害を受けてから、原子力発電に対する考え方が大きく変わりました。
結論からいえば、まだ人類が手を出してはいけない領域だったのではないでしょうか。
現在では、原子力に変わる様々な発電方法【再生可能エネルギー】が検討されていますが、必要とされる電力を安定して供給できる手段はまだ確立できていないのが実情で、原発再稼動に向けて着々と準備が進んでいます。

おなじ原子力を使うのですが、まったく新しい研究も進んでいます。
『核分裂は制御できないが、核融合は制御できる』まったく発想の異なる、安全な原子力エネルギーがあるのです。九州地区のみなさんは実際に見学した人もいると思いますが、今注目を集めているのは『核融合プラズマ発電』です。
九州大学を見学した際には100年先のエネルギーだと聞いたのですが、2019年の運転開始を目標に、今年の1月に核融合実験装置の建設がスタートしました。この発電は核物質を必要としません。およそ150トンの海水から、日本の全人口が1年間に消費する電力を作り出すことができるのです。
莫大な予算や難しい技術など解決しなければならない課題はありますが、普通の海水から電力を得られる。これが実現したら、エネルギー問題は一気に解決です。

先生が子どものころ、一人ひとりが電話を持って通話したり、タブレット端末を見ながら授業を受けたりすることは、まったく考えられませんでした。こういった新しい道具や、先に話した新しい発電方法などは、何もない中から発想する力が不可欠だし、そういった人材がたくさん必要になります。

みなさんには勉強を通して、そういった力をつけていってほしいのです。世界中の多くの国で電力の心配がなくなる未来を想像したとき、なんだかワクワクしてきませんか。世界がひとつになって宇宙に飛び出す時代がくるかもしれません。

みなさんには、そういった新しい社会の中心にいてほしいと願うばかりです。

140728昨夜、家に帰ると庭の木にセミの幼虫を発見しました。

セミの脱殻ではなくセミの幼虫、そう動いているのです。羽化する前のセミの幼虫を見るのは先生も初めてで、30分ほど観察してしまいました。
セミの幼虫は一生懸命、上へ上へと登っていきます。まるで土の中での今までの生活を振り返るように一歩一歩ゆっくりと。

今朝、その幼虫は無事に脱殻になっていました。一晩かけて立派な成虫になったのでしょう。もしかすると今、先生の頭の上で鳴いているセミが、この脱殻の主かもしれないと考えると、なんだか嬉しくなってきました。

セミは種類によっては地下で17年間も生活します(アブラゼミは6年)。その間、長い口を木の根にさしこみ、道管より樹液を吸って成長します。もちろん安全な生活ではありません。地下といってもモグラ、ケラなどの天敵がいます。
中には菌類に冒されて死ぬ幼虫もいるそうです。そんな苦労を乗り越えて、ようやく日の当たる地上の世界に出てきても苦労は絶えません。成虫にもクモ、カマキリ、鳥などの天敵がいます。
しかも、寿命は残り1ヶ月(成虫期間は1・2週間ほどとよく聞きますが、これは成虫の飼育が難しくすぐ死んでしまうことからきた俗説です)。

この期間に子孫を残すために、オスのセミはパートナーとなるメスのセミを探します。1ヶ月以内に『お嫁さん』を見つける確率は何と60%。4割のオスのセミは子孫を残すことなく死んでしまいます。何とも辛い「人生」、いや「セミ生」ですね。

君たちをセミに例えると、今は幼虫期となります。学生時代を幼虫期とするならば、幼虫の期間はおよそ20年。そして、その後の人生は平均寿命で考えても60年以上あります。本当に幸せですね、その長い成虫期間(大人の期間)を充実した日々にするためには、やはり今が大切です。
何事にも本気で取り組み、しっかり成長していきましょう。

この夏休み、懸命に生きているセミに負けるな!

140722昨日(7月21日)は海の日でした。
いよいよ夏がやってきますね。

夏が来ると、先生が小学生の時に夏休み限定で通った水泳教室を思い出します。

その水泳教室は、昔からある水泳教室で、昔は海で行われていました。先生の時代は近所のプールで行われていました。「平泳ぎ」と「立ち泳ぎ」を教えてもらえます。
いくつか「級」があって、はじめは何泳ぎでもいいから25mおよぐこと、それができたら平泳ぎで100m、300m、500m、1000m。1000mまで泳げたらやっと立ち泳ぎを教えてもらえます。立ち泳ぎを教えてもらうプールはなんと水深2m。足がつきません。

教えてもらうといっても、手取り足取り教えてもらえるのは最初だけ。
あとはひたすら半日、泳ぎ続けます。

先生は最初25m泳げるのがやっとでした。
平泳ぎなんて、手と足がうまく動きません。

でも、泳ぎ方を教えてもらうのは最初だけなのです。
ですから見よう見まねで平泳ぎを覚え、ひたすら半日泳ぎながら力の抜き方、リズム、スピードを工夫し、体で覚えました。

100mまではなんとか進みました。次は300m。何度も300mに挑戦します。しかし、100m泳いだところで、とてつもない疲れと限界を感じ、足をついてしまいます。

ある日、「きつさをなんとか我慢して100mを越してみたらどうなるのか」そう思って、必死に手を、足を動かしました。何度も死ぬかと思いながら。150mを越したとき、ふっと手と足が軽くなりました。それから、一気に300m泳ぎました。

「ランナーズハイ」そんな言葉を聞いたことがありませんか。
まさにその瞬間だったと後になって思いました。
限界を越した瞬間、できるようになる。新しい自分に出会える。

夏期講習会が始まります。
目標やなりたい自分にたどり着くまでに、壁が訪れるかもしれません。

その時に、手を、頭を必死に動かしてみてください。必死に。

そうすれば、必ずできる自分にたどり着けます。

自分の力を信じて、頑張り抜く夏にしましょう!