180213皆さんはゲームは好きでしょうか?先生は実は大好きです。休みの日にはPS4をするのが大の楽しみです。ちなみにお勧めは「大神(おおかみ)絶景版」。有名ではありませんが、とても面白いのでぜひやってみてください。

さて今日は、今から約40年前。テレビゲームが誕生して間もないころ、世界中で大人気のゲームを作り続けた会社のお話です。その名も「Atari」。
この会社の作るゲームは当時としては抜群に面白く、アメリカを中心に、出たソフトは売れに売れました。あまりの人気でソフトが不足し、購入まで半年待ち、ということもあったそうです。ゲームといえばAtari。まさに王者、といえる状態でした。
ところがそんなAtariですが、ある年を境に売り上げは一気に減少。今や影も形もありません。一体なぜこんなことになってしまったのでしょうか?

答えは、「ゲーム作りに手を抜き、作るソフトが面白くなくなった」です。面白いゲームを作るには、長い時間とお金、そして知恵と工夫が必要です。しかしAtariは、作るゲームが売れることに油断し、少しずつそれらにかける力を減らしていきました。最初はそれでも、ゲームは売れました。手を抜いても売れる。ならばもっと手を抜こう…。
それをくりかえした結果、運命の一本が誕生しました。1982年に発売されたソフト、「E.T」です。「ジュラシックワールド」など数々の名作映画を生んだスティーブン・スピルバーグ監督の同名の映画で、世界中で大人気になった作品をゲーム化したものです。
Atariはこのゲームに大きな期待を寄せ、このソフトを500万本も生産しました。しかし、いざ発売されてみると、実際に売れたのはわずか150万本。残りの350万本は売れ残り、あまりの在庫の多さに販売をあきらめたAtariは粗大ゴミ処分場に余ったソフトを持ち込み、そのまま埋めてしまったそうです。
このゲームを作るのにAtariがかけた期間は、わずかに1ヶ月。当時のゲームは普通半年~1年かけて作られますから、いかにAtariが手を抜いて成果を得ようとしていたかが分かります。今やこのソフトは「史上最悪のゲーム」と呼ばれ、ゲーム業界をおそった悪夢として歴史に名を残し、Atariもそのまま姿を消すことになってしまいました。

調子のいいときこそ、決して手を抜かず、努力を続けねばならない。勉強でも同じことです。手を抜いて悪い結果が出たときには、もう取り返しのつかないところまで来てしまっています。ぜひ新学年に向け、手を抜かず努力を続けていってください。

1802052月になりました。
昨年の4月に今の学年にあがったときは、新しい友達や先生との出会い、初めての係や委員会など新鮮な気持ちがあったと思います。
そこから10ヶ月も経てば、ドキドキも少なくなって落ち着いた毎日を過ごしていることでしょう。

そんな慣れてきた「今」だから、皆さんに紹介したいお話があります。

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あるところに、「有名な木登り」といわれた男がいました。
その男がいるところへ行ってみると、
その男が弟子に指導して高い木に登らせ、枝を切らせているところでした。
その木はとても高かったのですが、弟子が上の方で危なそうに枝を切っている間、その男は何も言わず見ておりました。
弟子が枝を切り終えて屋根ぐらいの高さまで下りてきた時に、
「しくじるな。心しておりよ。」とやっと声をかけたのです。

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想像してみてください。
どうして名人は木の高いところに弟子がいるときに声をかけなかったのでしょう。
そんな高いところで作業しているなら「気をつけろよ」と注意したくなりませんか?
それともボーっとしていて、うっかり声をかけるのを忘れてしまっただけなのでしょうか…。
さて、話の続きです。

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今さら声をかけたのが不思議に思って、
「これくらいの高さなら飛びおりたってきっとおりられるでしょう。どうしてこのタイミングでそんなことを言うのですか?」と尋ねてみると、
男は、
「目がくらくらするほど高く、枝が折れそうに細くて危ないうちは、自分自身の恐怖心があるので、何も言いません。失敗は、安全な所になって必ず起こる事なんですよ。」
と言いました。

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なるほど!!皆さん、名人の言いたいこと分かりましたか?
気を抜いたとき、安全だ、簡単だ、と思ったときが一番失敗しやすいということなんですね。
ちなみにこれは「徒然草 第109段」のお話です。

あと2ヶ月すれば新しい学年。気持ちはすでに4月を向いている人も多いのではないでしょうか。
でも、最後まで気を抜かず「しくじるな。心して過ごせ」ですね。

180129先生は釣りが趣味で、大物を狙ったジギングが大好きです。
ジギングとは鉄などでできた疑似餌(ジグ)を使ってフィッシュイーター(魚食性の魚)を狙うアクティブ&アグレッシブな釣りです。狙いは8キロ~10キロぐらいのブリ・ヒラマサ・カンパチなど。これらの魚を狙うのに先生は「PE3号+リーダー40ポンド(約18kg)」の糸を使います。
狙う魚のサイズを考えるとライトなラインシステムですが、リールの性能を信じて(SHIMANOステラ8000PG)このシステムで挑んでいます。

いつものように海に出て大物を狙っていたところ、突然かつてないほどの大きなあたりがありました。竿が海面につきささり、リールから糸がでる音がジージーと響きます。あまりの音に船長が反応しました。一気に60mぐらい糸がでます。この直線的な走りはマグロです。
新年のニュースになるような超大物ではありませんが、それでも40kg以上のマグロが釣れることもあります。めったにない大物を獲るために船長は万全のサポートをしてくれます。魚が船の反対側に回ろうとすると、ファイトしやすい位置に操船してくれます。
しかしまったく魚がよってくる気配がありません。リールをもっとしめこんで糸を出さないようにすればいいのですが、あまりしめこみすぎると切れてしまいます。そんなやりとりが15分ぐらい続いたとき、船長に糸の太さを聞かれました。先生が「リーダー40ポンド!」と答えた瞬間!
「マグロをなめんな!」という船長の怒声とともにエンジンが切られ、操船サポートがなくなった結果、糸が船底に触れて痛恨の糸切れ…。大物は幻と消えました。

ちなみに真面目に40kgクラスのマグロをしとめようと思ったらPE8号+リーダー200ポンド(約90kg)ぐらいの準備が必要です。先生の使っていた釣り具ではとうてい無理な獲物なんですよね。大物をしとめるためには、それ相応の実力で臨まないと味方(船長)すら敵にまわることになるんですよ。だからチャレンジするならしっかり準備が必要なんです。

皆さんの志望校選びもそうじゃないですか? 本当は第一志望校があるけれど、内申点が届いていないから志望校を変更しようと思っていませんか? 不合格にならないように1ランク落として出願しようと後ろ向きに考えている人もいるんじゃないかな。

でも安全な選択をするところに奇跡はおきません。新記録も生まれません。限界にいどむ精神も養われません。
能開はちがいます。みんなが本当に行きたいと思っているところに挑戦するような進路指導をしているでしょう。
そしてそこに合格するために一緒にがんばっていきましょう。身の丈以上の服だと思っていても、いずれ自分が成長すれば体にあうようになります。
自分のサイズを小さくしてはいけません。自分が本当に行きたいと思う学校に出願できるだけの実力をつけていきましょう。
君たちならできるはずです。

180122今年の大河ドラマ「西郷どん」ですね。みなさんは、みていますか。

幕末から明治維新にかけての超重要人物ですね。

西郷隆盛の言葉に「何度もつらく苦しい経験をしてこそ、人の志は堅くなるのだ」があります。

私の好きな言葉の一つです。

そして、ホロンでは、みんなが夢・志ノートを書いています。

志が明確になっている人は、今やらなければいけないことが迷うことなく行動できます。

幾度も志をくじく出来事が、起こるでしょうが、自身と向き合い志を強くして行動していきましょう。

一方で、まだ夢・志が定まらず、いま何をしたらいいのか悩んでいる方もいるでしょう。

生徒の中にも、「将来のためにいま何をすべきなのかわからない」という話を聞くことがあります。

今在る環境の中で、自分で経験し、感じ、考え、学び、そこから小さなヒントを得る。

その繰り返しのなかでいつか自分にとって、本当に大切なものが見えてくる。

時間はかかるかもしれませんがあせる必要もありません。今の課題に全力で取り組みましょう。

受験シーズンを迎えて、周り(外部)の影響を受けそわそわしている人もいるようです。

初心に返り、本当に、正しい選択・行動をしているのか。

本気で取り組んでいるのか 今一度、自身と向き合ってみてはどうでしょうか。

180115いよいよ受験シーズンとなりましたね。高校3年生、中学3年生、中学受験の小学6年生は今どんな思いで過ごしているでしょうか?本当に体調管理に気をつけて最大限の力を発揮してもらいたいと思っています。私もこの時期を迎えると、今までのいろいろなことを思い出します。今日は、その中から一つ印象的だった話をみなさんにお伝えしようと思います。

今から数年前のことだったと思います。地区のTOP高校の中でも最も難関の理数科を受験しようとしていた一人の生徒がいました。

その生徒は日頃から成績も優秀で、一つ一つの取り組みも実に丁寧な女子でした。今でも彼女が当時作っていたノートは、写真に撮って後輩である生徒たちに時々見せたりしています。彼女はものすごく理系の科目が得意だったわけではなく、むしろ文系の科目が得意だったくらいですが、より高いレベルを目指したいということでの受験でした。

が、やはり要とも言える数学がどうにも苦手で悪戦苦闘の連続です。どれだけ勉強しても周りの生徒に追いつかず、不安がどこまでいっても消えない・・・そういう日々をずっと送っていました。そしていよいよ試験当日のこと。午後3時くらいだったでしょうか?雪の中、試験を終えた彼女は校舎に一人で現れ、黙々と勉強を始めました。

「確実に落ちたから、次に向けてがんばる」と。目を真っ赤にした彼女がそこにいました。
「不安だらけの受験で大変だっただろ?」と聞くと彼女はこう言いました。「不安のない受験なんて価値がないって今は思う。不安だらけだったから悔いが残らないくらいやれた。だからチャレンジしてよかった。次へ向けてやり直します。」と。

今でも彼女の言葉は私の中で、とても印象に残っています。結局彼女は合格していたのですけどね。東進へ行った後も、自分は非力だから、他人より努力しないとついていけないから、とコツコツ通っていましたね。本当に力のある、伸びる人は謙虚ですね。謙虚だからこそ、不安が多いからこそ更に努力して更に伸びる。そう思います。

今、不安だらけの受験生、あなたの不安は間違ってない。努力しているからこその不安です。そして今は不安を一つずつ消せるよう、ひたむきにがんばってみましょう。

180109みんなは、ながれ星を見たことはあるかな?

今年の1月4日ごろ、三大流星群のひとつ、しぶんぎ座流星群のピークだったので、ながれ星を見た子もいるかもしれないね。
ながれ星のことを流星っていうよね。
流星っていうのは、宇宙のチリが大気圏に突入したときに、燃え、光る現象のことなんだ。
特に流星群っていうのは、彗星(ほうき星)や小惑星が残していったチリの中に地球が突入することで、大量のチリが地球の大気圏に降り注ぎ、流星が一度にたくさん観察される現象のことなんだよ。

ぼくが子どものころ、お盆(8月中旬)にピークを迎えるペルセウス座流星群を見に行くのが家族にとっての恒例行事になってたんだ。
地球は、太陽を中心に反時計周りに自転しながら反時計周りに公転しているので、流星群のピークは明け方になる。なので、
夕方早くから家族みんなで仮眠をとって、夜9時ごろ起床。
軽く食事をとってから車で出発。
約3時間かけて山間部のいつもの場所へいき、ブルーシートを広げて家族みんなで寝っ転がり、深夜4時ぐらいまで色々なことを話しながら夜空を眺める。

ながれ星といえば願い事。
ぼくも色々な願いごとをした。

自分たちの家族が寝そべっている広場は、毎年たくさんの人が集まっていた。
家族連れ、若者の集団、恋人どうし…。

その広場だけで、一つのながれ星が光るたびにおそらく何十人もの人々が願いをかけている。
一つのながれ星はおよそ半径100kmの範囲で見ることができる、っていうことを聞いたことがあって、「一つのながれ星が光れば半径100kmにいる人々がその流星を見る。いったい何人の人がこの同じ流れ星を見たんだろうか。いったい何人の人がこのながれ星に願いをかけたのだろうか。」
そんなことを考えるようになった。

「一つの流れ星には何百人、何千人もの人々が願いをかけている。一つの流れ星は、一つの願いしか叶えてくれない。一番思いの強かったひとに、幸運が訪れて、願いが叶うんだ。」などと子どもじみた空想を抱くようになった。

それからは「今一番、幸運を必要としている人の願いが叶えられますように」と祈るようになったんだ。

大人になってから驚いたこと。
暗いものも含めると、なんと1日に2兆個もの流星が降り注いでいるんだって。
2兆÷70億=約286個
世界中の人々が1日に250回以上願いをかけてもあり余るほど流星が毎日降り注いでいるんだって。

今思うと、他人の幸せを祈るなんて、なんて傲慢なことだったのかと思うんだ。
まずは自分自身が一生懸命がんばって、思いっきり幸せにならないとね。

今も頭上ではながれ星が降り注いでいる。
もしかすると、君たちからの願いを待っているかもしれないよ。

171225皆さんのまわりには色々な人がいます。親、兄弟、学校の同級生、先生。普段の生活を思い浮かべるだけで、本当に多くの人とかかわっているのがわかりますね。その中には「苦手」な人もいるのではないでしょうか。今日は皆さん人間関係をより良くするために、ちょっとした考え方を紹介したいと思います。

先生はこの考え方を聞いて衝撃を受けました。
ある小さな男の子が「おおきくなったらウルトラマンになりたい!」と言いました。普通に考えれば叶うはずもありませんから「はい、はい、そうだねー。」と受け流してしまいそうです。しかし、ちょっと考え方を変えれば、この願いは「ウルトラマンのように、自分より弱いものを守ってやれる人になりたい。」とも捉えられます。この子なりの正義感の表現なのです。
すばらしい考え方だと思いませんか。

まわりの人の短所が目に付くことあれば、ちょっと捉え方を変えてみましょう。
例えば、同級生であれば
・人の意見を聞かない→意思が強い。自分を信じることができる強い人である。
・無神経、がさつ→おおらかである。まわりの目を気にしない強さがある。
・飽きっぽい→色々なことに興味が持てる。気持ちの切り替えが早い。
・不器用→どんなことにも全力で取り組むことができる。

どうでしょう。自分が「短所」と捉えていたことは、単なる「特徴」なのかもしれません。その特徴をマイナスの考え方で表現すれば短所になります。でもプラスの考え方で表現すれば長所にもなるのです。だったら長所として捉えた方が素敵ですよね。

保護者の方が、「勉強しなさい。片づけをしなさい。スマホをやめなさい。あれをしなさい。これをしなさい。」というのはなぜでしょうか。これは、あなたが立派な大人になって、幸せな人生を送って欲しいと願う気持ちの表れなのかもしれませんね。

まわりの人を変えることはできませんが、自分は変えられます。
さあ、今日からは昨日よりも前向きにいきましょう!

171218もうすぐChristmasですね。 今日は、特別みんなに私の思い出のプロポーズ”の話をしましょう。
ある年のクリスマスイブ、私は大きなツリーの下でとってもかわいい彼女にプロポーズすることを決意しました。入念に準備し、ついにその日が。町はきらびやかなイルミネーションに彩られ、道行く人々はみんな楽しそう。私たち二人は色とりどりのツリーの下に座り、たわいもない話を始めました。
チャペルの鐘の音を合図に1人の男性が私たちの目の前で踊りだし、次々に輪が広がり、ついに周りの人たち全員が二人を囲んでダンス、ダンス。いわゆるフラッシュモブですね。最後に私も踊りに加わり決めのポーズ。すかさず“指輪”を取り出し大きな声で彼女の名前を呼んだ。

すごいやろ、でもこれ、実は「夢の中でのシーン」やったんや。そして不思議なことに周りで一緒に踊ってくれた人たちは、小学校や中学校時代の友達ばかりなんよ。何人か誰やこれって人もおったけど。また面白いのが昔話をしながら踊るのよ。こんなことあった、あんなこともって。例えば、こんな会話。

『昭和』ってテレビでかかったな、ブラウン管がでかいのよ。チャンネルもリモコンがないからガチガチ回してたな。チャンネル争いしてたらボトッて回すとこ取れて大慌てしたな。
おやじが強かったね、躾が厳しかったわ、食事中に何かこぼしたらオイ!って怒られた。ある日おやじが醤油こぼしてシーン、みんな見て見ぬふりってか。
ラブレターも『昭和』は、よく書いたな。友達なんか“恋人”と書きたかったのを間違えて“変人”と書いてふられたなんてな。
友達と言えば、象が踏んでもこわれない筆箱があったよな、友達がそれ持ってて、“おい、これ踏んでみぃっ”て言うから踏んだら、メリッと音がした。“え、俺、象に勝った?!”
あ、小学生の時、学校で予防注射があったな、並んでる時必ず終わっって帰るヤツに“痛かった、痛ないやろ、なぁ、痛くないって言うて!”なんて声かけてたな。
今は誰もかれも携帯の時代やな、『昭和』は黒電話。女の子の家にかける時お父さんが出ないように祈りながら電話を、もしお父さんならガチッで切ったな。
俺んちトイレが外にある時期もあってな、夜暗いからトイレ行くの怖いよ、わざと“おるやろ、そこに、いるのわかっとんねんぞ!”なんてボソボソ言いながら棒もって早足で行ってたわ。
『昭和』はもっと近所付き合いもあったよな、お隣からおかずのおすそ分けなんてあったな。
頑固オジイチャンも必ず近所に、ステテコ・ラクダの腹巻姿で、悪いことしたらゲンコツくらったよ。
台風で電気が落ちてなかなか復活しなくて、みんなででローソクの灯を囲んだな。

『昭和』ってなんか面白かったな、不便さの中に温かさが、ゆっくりと時が流れてたね。
I love『昭和』! レコード針落とす時の緊張感大好き、ビデオテープのベータとVHS戦争懐かしいな。

みんなにとって『平成』はどんな時代ですか? 次の元号は何かな?? 今は、時の流れが速いね。
時代にただ流されるんではなく、変えてはいけない大切なものときちんと温めながら、変えるべきものは勇気をもって変える。みんな一人一人が未来の日本を支える大切な大切な一員なんですよ。
今日も君たちの意味ある人生の1ページです。元気にいくぞ!

余談ですが、ゆすられて目が覚めると、「あんた、わたしと違う女の人の名前を大きな声で呼んでたな、誰よ?!」 目の前には鬼の形相で立ってる…が。
その日の朝ごはんは、なかったのは言うまでもありません。いつの時代も寝言には注意を!

171211能力開発センター、ホロンの各教室では、間もなく冬期講習会が開催されます。
受験生にとっては最後の正念場です。力をしっかりと蓄え、新年を迎えたいところです。また、受験学年でなくとも、2学期は年間の中で最も学習内容の難易度が上がる時期と言われています。既習内容の復習をしっかりと行いつつ、また3学期に向けての準備も抜かりなく行っておきたいですね。
ところで、『講習会』といえば皆さんは何を思い浮かべますか?
「日々の大量の宿題」「ライバルとの切磋琢磨」「ノートコンテスト」「漢字・英単語満点テスト」など…
講習会ならでは、といえる事柄は多々あります。が、皆さんには是非“学習量の自己新記録”の更新を実現して欲しいと思います。
そこで必要になってくるのが、いわゆる“やる気”です。しかし、これはとても難しい問題です。“やる気”をいとも簡単に、また自由にすることはなかなかできませんね。でも、講習会に挑むにあたっては是非とも高めておきたいものです。だからこそ、次のことを伝えておきます。

“やる気は加速する”

何も気負いすぎる必要はありません。ただ、『最初が肝心』ということを忘れないでください。分かりやすくたとえるならば、満点テストが良いですね。
初日の満点テストで満点を取る。これは“心がけ”が大切です。でも、無理ということはないはずです。最初の満点テストをいつもよりも少しだけ頑張って、満点を取りましょう。
二日目、満点テストに対する気持ちはどうでしょう?おそらく、初日よりも、『満点を取りたい!』という気持ちは強くなっているでしょう。さらに三日目、四日目と続けていくうちに、満点テストに対する意識はどんどん高まっていくはずです。しかも、それは二次関数のように上昇するでしょう。まさに、ぐんぐんスピードを上げるロケットのように。
ふと、もう一人の自分を想像してみます。初日に満点が取れなかった自分。その自分とでは、やる気の次元が違っていることに気づくはずです。
このように、“やる気は加速する”のです。でもそのためのスタートはそんなに難しいことではありません。“最初が肝心”なのです。最初のスタートを少しだけ頑張れば、それだけで良いのです。そう思えば、この冬期講習会、なんだか頑張れそうな気がしてきませんか?

171204「勇気をだせ。
たとえ肉体に、いかなる欠点があろうとも、
我が魂はこれに打ち勝たねばならない。
25歳、そうだ、もう25歳になるのだ。
今年こそ、本物になる覚悟をせねばならない。」
by Ludwig van Beethoven

これは皆さんも良く知っている、音楽家ベートーヴェンが25歳のときに自分の手記に残した言葉です。
彼は25歳頃から聾疾(ろうしつ 耳の病気)がひどくなり、聴力を失っていきました。
聴力というのは音楽家にとって命のようなもの。
それを失っていく、恐怖や絶望感、そして苦悩はすさまじかったはず。

でも、彼は決して音楽を諦めなかった。
そして、私たちが知っている「運命」や「歓喜の歌」という曲を作りました。
これらは、彼が聴力を失ってから作った曲です。
耳が聞こえなくなっていく圧倒的な現実を前に、25歳のベートーヴェンは、きっと自らを鼓舞すべく、手帳にこんな言葉を記したのでしょう。聾疾という試練にひるむことなく、全情熱、全生命を音楽に捧げつくしたところに、ベートーヴェンという人の偉大さがある。

本物になる覚悟をせねばならない。
受験生たちよ!あなたは本物になる覚悟ができているでしょうか?
大事なのは、肉体や能力ではなく、“覚悟”です。 
「さあ 勇気を出せ!我が魂に打ち勝つぞ!!」