2003161月から、2020年のNHK大河ドラマが始まっています。タイトルは「麒麟がくる」。物語の主人公は戦国時代の武将・明智光秀ですが、彼がアフリカから首の長いキリンを連れてくるというストーリーではありません。そもそも、あまり聞きなれない“麒麟”ですが、確かに、どんな動物図鑑にも載っていません。それもそのはず、その不思議な生き物は、鳳凰・龍などと同様の、古代中国の神話に出てくる伝説上の霊獣なのです。

神聖な幻の動物とみなされ、1,000年も生きると言われる麒麟、その容姿については、身体は鹿で、牛のしっぽと馬のひづめを持ち、龍のような顔に一本の角があります。全体の毛は黄色く、ウロコで覆われ、さらに背中の毛は五色に彩られています。わかりやすく言えば、炭酸飲料「キリンレモン」のデザインキャラクターをイメージすればいいかもしれません。(2018年からのリニューアルパッケージ) 普段の性質は非常に優しく、足元の虫を踏んだり、草を折ったりすることさえ恐れるほど殺傷を嫌っているので、地に足を下ろさず、常に空を翔けています。昔から、麒麟は良いことがある前触れとして姿を現し、太平の世のしるし、幸せを招く存在、安定した穏やかな日々をもたらす幸福の象徴とされています。そして、古くからの言い伝えでは、「仁の心を持つ聖人が出現する前兆として現れる」とか、「王が仁のある政治を行う時に現れる」と語り継がれています。見た目はいかつい獣類の長ですが、実は、他者への慈しみと思いやりを持った仁獣(仁徳を備えた獣)なのです。

中国の春秋時代末期の思想家「孔子」(儒教の開祖)は、あらゆる教えの根本概念に「仁」を据えています。その最も大切な要素は、「おのれの欲せざるところ、人に施すなかれ。」(自分がしたくないことを人に押し付けるな。)ということで、「人を思いやり、人を尊重する」、それが仁です。(その孔子が生まれた時にも、麒麟は現れたそうです。)

 思えば、現代社会は、昭和から平成へと、大きな時代の転換期を向かえ、ある種、戦国時代に通ずるものがあります。どこか閉塞感が漂うこの令和の時代、自身のことだけで精一杯で、他人への愛情の意識が乏しく、正に、仁なき世の中と感じます。それでも、麒麟は平和で穏やかな国にやってくる。そして、麒麟の現れるところ、すべての人は幸せになる。長い歴史を経て今も受け継がれる聖獣伝説を信じ、人を思いやる気持ちを忘れずに、麒麟の到来を切に願いたいですね。

 余談ですが、キリンレモンのブランドロゴの図柄のその中に、「キ」「リ」「ン」の3文字が隠れています。うまく見つけることができるでしょうか。また、キャップ表面のデザイン、商品名の文字のものが通常ですが、数十分の一の確率で、聖獣マークのレアなキャップが混ざっているようです。手元に麒麟が降臨したら、ちょっといいことがあるかも。

2003163月になり、庭先を見ると、硬い冬の地面を押し上げ、植物たちがむくむくと春に向かって成長していく気配を感じとることができます。
毎年、植物たちが春へ向かう姿を見ると、その生命力の強さとしたたかさに感動を覚えます。植物たちは、寒い冬の間に根を地中に伸ばし、春に花を咲かせるための土台を築いているのです。

新型コロナウィルスへの対応で、例年とは違う3月になりました。
学校も休校になり、さまざまなスポーツイベントも中止になったり、無観客で実施されたりと、日本中がひっそりと息をひそめているような状態の中、『失われた3月』などという見出しのニュースが飛び交っています。皆さんの中にも卒業式や合格発表など一生に一度の行事が例年とは違う形になり、寂しい思いをしている人も多くいると思います。

けれど、すべてが失われ奪われてしまった時間ではありません。『失われた3月』が残したもの、それは皆さんが普段当たり前に受けとめていること…学校や塾で出会う友だちや先生たちと笑いあう時間の楽しさ、登校して教室で勉強ができること、部活動で思いきり身体を動かすことのできる喜び…こういった『当たり前の時間』のありがたさを改めて体感できたことだと思います。

今回の経験は、春に芽を出す植物のように、皆さんの人生でしっかりとした根をはり、伸びていく大きな力となることでしょう。時間を取り戻すことはできません。でも失った時間を思い、悲しむのではなく『失われた3月』が残したものに力を見出し、新たな春への活力としてください。春は、もうすぐそこまで来ています。

200309新型コロナウイルス感染症の影響で学校が休校になり、1週間が過ぎましたが、皆さんはどのように過ごしていますか。

毎週のゼミで皆さんに会えないため、先生たちも皆さんがどのように過ごしているかが心配です。体調を崩したりしていないか、毎日の課題をしっかりとやっているか、ダラダラした生活で、一日のリズムを崩していないか…。早く新型コロナウイルスの問題が収束して、落ち着いた日常生活に戻るのを願うばかりです。

一方で、先週からは公立高校の一般入試が始まっています。富山、福井、山口などは既に試験が終わっていますが、石川、岐阜、兵庫、長崎、熊本などはこれから始まります。中3受験生にとっては、これからが正念場です。

受験生の皆さんに不安が高まる時期だと思いますが、ここで今までの自分を振り返ってみてください。夏の受験合宿で本気で、受験生になると決意したこと、秋から始まった公立模試で、短時間で入試問題を解く練習に取り組んだこと、年末年始の正月特訓では、仲間と一緒に合格しようと誓い合ったこと…。

それらはすべて、皆さんがチャレンジする高校入試のためでした。そして、それらを経験してきた皆さんは、この1年で大きく成長しているはずです。だから、臆することなく、強い気持ちで入試に立ち向かって欲しいと思います。

今回の新型コロナウイルスの問題は、受験生の皆さんに余計な負荷をかけることになったと思いますが、今まで自分が取り組んできたことを思い出し、できるだけ平常心で、持てる力のすべてを出し切って、この受験にチャレンジしてください。先生たちは皆さん全員の合格を祈っています。

200302前回の朝礼では新型コロナウイルス感染症への注意事項などをお伝えしましたが、先週、政府から全国へ学校休校の要請が出されてことを受けて、能開の教室も休校することになりました。(一部地域を除きます)

突然の発表で皆さんには戸惑いの気持ちもあるかと思いますが、自分自身や家族を守り、この感染症を日本中に広げないために、落ち着いて行動するようにお願いします。

能開生の皆さんはこれから約2週間、自宅での勉強することになりますが、以下のことに注意してください。

いつもと同じサイクルで起床し、勉強し、就寝すること。
学校や能開から出された課題・宿題に取り組むこと。

そのため、能開の皆さんには家庭で勉強した結果を毎日きちんと報告してもらいます。学校や能開の宿題も含めて、毎日の取り組んだ内容や時間を「学習記録シート」に記入し、取り組んだ内容を、毎日ビットキャンパスのビットメールで能開の先生に報告してください。

今回の新型コロナウイルス感染症の問題は皆さんにとってお大変な問題ですが、ピンチの時こそ成長のチャンスであります。皆さんは、いつも以上にしっかり勉強できるチャンスでもあります。

この時の時間の使い方で、春からの勉強に大きな差がつきます。何もしないで終わってしまったと後悔することがないように、周りに流されず、テレビやスマホは最小限度にして、生活を自分でコントロールしてください。先生たちも皆さんをサポートしていきます。

200225今、日本でも新型コロナウイルス感染症が広がりつつあり、テレビや新聞で毎日のように報道されていることは、皆さんも知っていると思います。

この病気は感染してもすぐに症状がでないため、多くの人が不安に感じていますが、ここはできるだけ冷静に考える必要があります。なぜならこの病気の致死率は、中国以外で計算すると0.2%程度であり、【MERS(マーズ)の時は約34%、SARS(サーズ)の時は約9%】、健康で免疫力がある人であれば、感染しても重症化することは少ないと見られているからです。

大切なことは、正しく注意して予防して、この病気を広げないようにすること、つまり、手洗いやうがいを実行して、自分を守る行動をとることです。体温を測って毎日の記録を付けることも有効です。
そして、パニックにならないことも大切です。例えば、あせって必要以上にマスクや消毒液を買い占めることも、気をつけなければなりません。
最後にもうひとつ、他人の感染を疑って事実でない噂を広げたり、病気と疑われた人を差別することも、してはいけないことです。

また能開の教室が閉鎖になった場合は、お休みの期間は、朝礼ビデオや授業ビデオがインターネットで配信されるほか、ビットキャンパスのウェブ到達度テストを使うことができるので、安心して自分の勉強を進めてください。AI学習もまもなく自宅で出来るようになる予定です。

何か難しい問題が起こった時に、どのような行動をするかで、その人の価値が分かると言われます。能開で学んでいる皆さんも、自分がどういう行動をすべきかを考えて、毎日の生活や勉強に取り組んでほしいと思います。

200217「さあ、今日の朝礼を始めます!」(先生)
「え~?先生、朝ちがうで。すでに夜ですよ!?」(いつも屁理屈をこねる生徒A)
「業界用語で、始礼のこと『朝礼』と言います!」(先生)
「業界?どんな業界。始礼でエエやん!」(クールなファッション、ジャニーズ系の生徒B)
「学習塾業界です(笑)。その中でも、特に『能開』はね!」(先生)
「はい、起立!」(ガッシリ体格、ニキビ面の生徒C)
「勝手に言うな!いつもマネして言うたらアカンで。」(先生)
「はい、気を付け!」(しゃべり出したら止まらない、口数の多い生徒D)
「またマネするか?」(先生)
「はい、礼!」(部活動止めてしまい、足繁く能開に通う生徒E)
「コラ、先生のマネばかりするな!」(先生)
「はい、礼!」(先生)
「お願いします!(笑)」(クスクス笑いながら、いつも笑顔の生徒たち)
「はい、着席!」(先生)

先生は、いつも君たちとの会話を楽しんでいます。「今日は、どんな言葉の掛け合いになるのか?」と。いつもワクワクして「朝礼」に臨みます。しかし、今日の朝礼は「一度きり」の朝礼です。前回の朝礼と違うし、次回の朝礼とも違います。「今日の君たちが発する言葉」と「先生が受け止める言葉」とで化学変化が毎回起こります。その化学変化で起こった、その場の雰囲気、空気というものは「今までになく、これからもない一度限りのもの」です。その「一度限りの」朝礼を君たちに楽しんでもらいたい。先生も楽しみたい。「今、この場」を大事にしよう。そして「この一瞬」を大切にしよう。二度とない人生なんだから、この瞬間を有意義に君たちと共に先生は過ごしたい。

能開の楽しいは、この「愉しい」だ。次元の高い「楽しさ」なんだ。先生一人では決して作れない。君たちがいるから創造できる「愉しさ」なんだよ。「人生二度なし」。何かの御縁で巡りあったのかもしれない。その御縁に先生は感謝します。そして共に学び、共に育ち、共に生きる。この二度とない「学習空間」を、今日も君たちと一緒になって創り上げていきます。

これから始まるゼミ授業、「心の準備はできていますか?」。これから魂と魂のぶつかり合いが始まります。その化学変化が、能開の一斉「授業」です。「心に感じたこと」を大切にして下さい。心で感じたものは決して忘れない。その感性、感受性というものが君たちの未来における「自己表現」として開花します。人生は、一切自己表現なり。先生の好きな言葉の一つです。それでは、ゼミに入ります!心の準備はできたかな?

「アーユーレディ?」(先生)
「先生、俺ら女性(レイディ)とちゃうで(笑)」(最近、英語に興味を持ちだした生徒F)
「ごめん、ごめん。先生、発音悪いからな。ジャパニーズイングリッシュや!」(先生)
「いつも先生、オヤジギャグばっかりやん。」(娘のように、ツッコミを入れてくれる生徒G)
「誰がオヤジや!まだ小やじ(コヤジ)や!」(先生)
「昭和やな~。」(平成生まれの生徒H)
「時代は、令和になったぞ。心して行くぞ!」(先生)
「先生、今日もオデコが光ってる。」(勉強苦手、大嫌いの生徒I)
「アタマは砂漠化、サヘルや!」(雑学が強い、社会にしか興味を示さない生徒J)
「育毛してるの?」(いつもストレート勝負、直球をなげてくる生徒K)
「増毛(ぞうもう)ありがとう!いや、どうもありがとう!小学生からピカチュウと言われたわ(笑)」(先生)
「…。先生、寒い!」(ほとんどの生徒たち。)(笑)

2002103先日、久しぶりにテレビで女子マラソンを見ました。「大阪国際女子マラソン」です。その前にテレビでマラソンを見たのも、2年前の「大阪国際女子マラソン」でしたから、何か不思議な縁があるのでしょうか。ちなみに、今回も2年前も優勝したのは、「松田瑞生選手」でした!これまた何かの縁?
今日は松田選手ではなく、テレビの解説をされていた、Qちゃんの愛称で知られる「高橋尚子さん」のお話をしたいと思います。今回は親しみを込めて、「高橋選手」ではなく、「Qちゃん」と書かせてもらいます。

皆さんの中でQちゃんの現役時代を知っている人はほとんどいないのではないかと思いますが、先生にとって「Qちゃん」は間違いなくスーパースターの一人でした。
Qちゃんは、今から20年前、2000年のシドニーオリンピックで、女子マラソンで日本初の金メダルを獲得したすごい選手でした。
そのレースを見ていて今も強く印象に残っていることがあります。
Qちゃんは、レース当日の直前、顔からは笑みがこぼれ、非常に余裕のある態度を見せていました。体を横に動かしながら、歌を歌う素振りを見せるぐらいでした。他の選手たちが一様に緊張でこわばった表情をしている中で、その様子は一際目立っていました。Qちゃんは、もちろんふざけているのではありませんでした。もしかしたら、Qちゃんも緊張していて、緊張を和らげるために、わざとそうしていたのかもしれません。
さて、いざレースが始まって、Qちゃんの見事なレース展開ぶり、そして感動的な結果を私たちは目の当たりにすることになりました。近年、レベルの高くなった日本女子マラソンの歴史の中でも、燦然と輝く初の金メダル獲得!
にもかかわらず、Qちゃんはレース後にこんなセリフを残しました。
『とっても楽しい42.195㎞でした!』

この言葉を聞いた時、初めてQちゃんのレース直前の余裕ぶりの理由がわかりました。Qちゃんは、世界中の誰よりも厳しい練習をこなして、オリンピックに臨んだのだと思います。そして、『表彰台の1番高いところに上るのは、この私だ!』という確信をもって、レースに臨んだのでしょう。誰よりも練習した確信があったからこそ、自然に出た余裕だったのだろうと思います。そう、レースが始まる前に、すでに勝負はついていたのです。レースが行なわれるまでの練習量で、勝負はついているのです。同じことが、君たちが挑もうとしている様々なものにも当てはまると思うのです。
当日に頑張るのではない。当日までに頑張るのです。1日1日を大切に頑張るのです。

例えば兵庫県の場合、公立高校の一般入試が3月12日ですから、今から31日間、時間で744時間、分で44640分あることになります。その時間をどう使うか。それによって、勝者と敗者が決まります。敗者になりたい人なんていません。誰もが勝者になりたいです。じゃあ頑張ろうよ。1日1日、毎日が真剣勝負です。そして、今からでもまだ、力は付けられます。そのための、大切な1日1日です。

最後に、Qちゃんが恩師からもらった言葉を紹介します。

「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く。」

200203EXオープン模試、いかがだったでしょうか。満足いく出来だった人、そうでない人…感想は人ぞれぞれだと思います。

さて、今まさにみんながやっている「勉強」。大人になって、社会に出たら、どんな風に活かされるものなのでしょうか。
実は先日、とある生徒からこのような質問を受けました。「学校や塾でやってる今の勉強って、大人になってから役に立つものなの?」ひょっとしたらみんなの中にも、同じような疑問を抱いたことがある人がいるかもしれませんね。
今日はそんな人たちに、一人の女性を紹介したいと思います。

今から約200年前、19世紀のイギリスに、鋭い知性で世間の常識を疑い、一人で闘った気高い女性がいました。
彼女の名は、フローレンス・ナイチンゲール。そう、おそらく世界で最も有名な看護師です。
みんなはナイチンゲールと聞いて、どんな女性をイメージしますか。「天使のような看護師」「戦場の兵士たちを看護した女性」などと答える人が多いと思います。たしかにそれも間違いではないのですが、ナイチンゲールが歴史に名を残した理由は、もっと別のところにあります。
彼女は、ただひたすらに看護に尽くしただけの女性ではありません。「事実としての正しさ」を見極め、大きな「課題発見」を成し遂げた女性だったのです。

ナイチンゲールは元々上流階級の生まれで、当時の常識では看護師という仕事は決して社会的評価が高いものではありませんでした。そんな中、彼女は周囲の猛反対を押し切り、看護師になるという道を選び、見事その夢を叶えます。
ちょうどその頃イギリスは、ロシアとオスマン帝国(トルコ)の間で勃発したクリミア戦争に巻き込まれていました。戦地では、医師や看護師が極端に不足していた状態。34歳のナイチンゲールは、看護師団を率いてクリミア戦争の戦地へと赴きます。

もし、このクリミア戦争への派遣がなければ、ナイチンゲールの名はほとんど誰にも知られないまま消えていたでしょう。さらには、看護師という仕事も、社会的地位が低いままだったかもしれず、現代人の平均寿命さえ今より短いままだったかもしれません。
いったい彼女は戦地で何を見て、何を考え、どんな行動に出たのか。ナイチンゲールがその本領を発揮するのは、ここからです。
ナイチンゲールが戦地で見たもの。それは、床が腐り、壁には汚れと埃がこびりつき、いたるところに害虫が這いまわる、あまりに不衛生な病院でした。さらに、医療器具や薬品、ベッドや石鹸、タオルなども不足している、とても病院と呼べない惨状です。
この戦地の病院で、ナイチンゲールは不眠不休で働き、最初の冬だけで2000人もの臨終に付き添い、重態の患者ほど彼女自身が看護にあたりました。そこで彼女はある「事実」に気がつきます。

戦場の兵士が死んでしまうこと。つまり戦死すること。この「戦死」という言葉を聞いて、みんなはどんな姿をイメージしますか。銃弾や砲撃にさらされ、深い傷を負い亡くなってしまう。そんな姿を思い浮かべるのではないでしょうか。少なくとも当時のイギリスの「常識」はそうでした。
ところが、ナイチンゲールが戦地で見た現実は、全く違います。戦場で負傷した兵士たちは、不衛生極まりない病院に送り込まれ、医療物資も生活物資も不足する中で、感染症に罹患することによって、結果として本来は助かったはずの命が失われていたのです。「戦場の兵士たちは、戦闘行為によって亡くなるのではなく、劣悪な環境での感染症によって亡くなっていた。」それがナイチンゲールの結論でした。

彼女は政府に対して「戦地の衛生状態を改善してほしい」と訴えなければなりません。しかしこれは、政府や陸軍に対して「あなたたちは兵士を無駄な死に追いやっている」と告発することでもあり、政治的なスキャンダルにも繋がりかねない話です。
恐らく普通のやり方で改善を求めても、認められないでしょう。そこでナイチンゲールが使った武器が、看護師に進む以前にずっと学んできた「数学」であり「統計学」だったのです。最初にナイチンゲールは、クリミア戦争における戦死者の死因を「感染症」「負傷」「その他」に分類し、月別に集計していきました。
その結果、例えば、1855年1月の場合、感染症による死者が2761人、負傷による死者が83人、その他の死者が324人というデータが集まりました。その後、彼女は「コウモリの翼」と呼ばれる独自のグラフを考案し、死因別の死者数を一目で分かるようにビジュアル化しました。当時はまだ、棒グラフも円グラフも普及していなかった時代。それでもたくさんの人にこの事実を理解してもらおうと、オリジナルのグラフまで作ったのです。
こうしてナイチンゲールは、ヴィクトリア女王が直轄する委員会に1000ページ近い報告書を提出し、どんな権力者であろうとも反論できない「客観的な事実」を突き付けたわけです。その結果、戦場や市民生活における衛生管理の重要性が知れ渡り、看護師という仕事が再評価され、感染症の予防にも大きく貢献していくことになりました。
もし、彼女が数学や統計学の素養を持たない、善良なだけの看護師だったなら、目の前の患者を助けることに精いっぱいで、医療体制や衛生管理の構造的な欠陥に気づくこともなかったかもしれません。また、仮に気づいたとしても、それを裏付けるデータがなければ彼女の意見に耳を貸す人はいなかったはずです。

戦場の兵士たちを救い、不衛生な環境に暮らす人々を救い、イギリスはもとより世界の医療・福祉制度を大きく変えていったのは、看護師としてのナイチンゲールではなく、統計学者としてのナイチンゲールだったのです。

さて、今やっている勉強が大人になって役立つのか。その答えはもう分かったはずです。君たちが今行っている1ページの努力を侮らないでください。その積み重ねが、新たなナイチンゲールの出現に繋がるのですから。

200127「努力」
みなさんも何度も聞いたことがあると思います。「努力」をしなさい、「努力」は大切だ、「努力」は必ず報われる、など生まれた時から「努力」という言葉は教育の世界ではよく使われます。でも、思ったことはありませんか。
「努力」してもあの子には勝てない…。「努力」しても無駄じゃないのか…。

才能に勝てない努力は確かに存在します。スポーツも勉強も才能はあります。理不尽なこともありますね。しかし、才能を努力が凌駕することは多々起こります。

一様に勉強で勝ち負けは決められませんが、テストの点数が分かりやすいかもしれません。努力をすることで、みなさんの脳はその知識を必要なものとして認識します。そうすると、記憶を引き出すスピードが速くなります。簡単な問題でも、周りが10秒かかるものを5秒で解ければ、それが点数につながります。また、繰り返すことで、精度も上がります。計算ミスが多いという人は単純に計算をする努力が足りていないことがほとんどです。生まれた時から使っているひらがなをみなさん間違えませんよね。1問を速く正確に解くことができればそれが積み重なって点数になるのです。

スピードと精度を同時に鍛えることができるのが「努力」です。
なんで解き方を知っている計算を宿題でしないといけないのか、なんで漢字や英単語を繰り返し書かないといけないのか、スピードと精度のためです。
この力を基礎学力といい、それは才能だけでは身につかないものです。基礎学力は将来大きな力になります。才能だけで生きてきた人間もいつか壁にぶち当たります。努力をしてきた人も壁にぶち当たります。その壁を乗り越えるためには努力が必要です。でも、「努力をしていない人間」は「努力の仕方」が分からないのです。だから壁を越えられないのです。

「努力」は見えないところで身になっています。気づかないものです。でも、努力の仕方を知っている人間はどこかで必ず勝ちます。才能は薄い、努力は厚い。

200120皆さんは「ドラえもん」という作品は知っていますか?
多分、知らない人の方が少ないと思います。たぶん日本一有名な作品ではないのかなと思います。

知らない人のためにざっくりと話の流れを説明すると、
①小学生ののび太が何かしら困る。
②のび太はドラえもんに助けを求める。
③ドラえもんがのび太に秘密道具を貸す。
④のび太は秘密道具で困難を乗り越えようとする。
といった感じでしょうか・・・。

のび太にとって秘密道具とはなんでしょう?

ドラえもんの中の「一生に一度は百点を…」という作品の中にその答えが隠されているような気がします。

これはのび太がテストで100点をとろうとドラえもんからどんなテストでも100点がとれる「コンピューターペンシル」を借りるという話です。
しかし、結局テストを受ける時にはコンピューターペンシルは使わず、自分の力でテストを受けました。

のび太はテストを受ける直前に「点数を取るよりもだいじなこと」に気がついた様です。のび太にとって秘密道具とは人生におけるだいじなことに気付かせてくれる「きっかけ」なのかなと思います。

皆さんのそういう「きっかけ」になるようなものや人は近くにいますか?
いないなあ…とか、ないなあ…と思っている人!

能開のゼミや宿題・講習会や合宿など今までとは違って、これは「きっかけ」になるものでは…と考えながら取り組んでみましょう。

実は能開の先生は皆さんにこういう「きっかけ」を与えてくれます。
そりゃ見た目は青いタヌキでもなければ未来のロボットではないけれど…。