神戸市の王子公園の中にある王子陸上競技場はアメフトの試合がよく行なわれます。
そして、この王子競技場には、一つ伝説があります。
「雨の日には何かが起こる」
この何かとは、番狂わせが起こるということです。
番狂わせ。圧倒的に弱いと思われているチームが、強いチームを倒す。
こんな奇跡が起こるのです。

2002年12月9日。
朝から冷たい雨が降る王子競技場。
社会人アメリカンフットボールチームの弱小チームマーヴィーズは、古豪ファイニーズとの戦いを控えていました。この日の試合は2部リーグに所属するマーヴィーズが何とか優勝をして、1部リーグに所属するファイニーズとの入替戦の日です。

ファイニ-ズはこの年、優勝候補と目されながらも、少しの歯車が狂ったことで入替戦の出場となりました。が、各大学の有名選手を要する強豪チームです。
一方のマーヴィーズには有名選手は一人もいません。弱小大学に所属していた者、学生時代は補欠で試合に出た事が無かった選手、そういった選手の寄せ集めチームでした。

前日の試合予想の新聞記事も、マーヴィーズの勝利を予想するものはありませんでした。
それどころか、この試合後にファイニーズが来年に向けてどうチームを立て直すのか。
そんな記事が踊っていました。

13:00キックオフ。降り続く雨の中、試合が始まりました。
予想通り、一方的なペースで試合を進めるファイニーズ。
防戦一方のマーヴィーズ。予想通りの試合展開・・・。

ただ一つ、違うことがありました。
攻め続けるファイニーズですが、いいところまで攻めても最後にどうしても点が取れない。
でも、一方のマーヴィーズも相変わらず防戦一方で、攻撃ではいいところは全くない。

そんな時、ファイニーズの俊足ランニングバックがボールを持って独走しました。
ようやくこう着状態が解け、ついにゲームが動いたのです!
そのまま一気にタッチダウン!!と思った次の瞬間ドラマは起こりました。
最後の一人、マーヴィーズのディフェンスの選手が何とか、持っているボール目がけてタックルをしたのです。
タックルされた瞬間、その衝撃でボールはまるでロケットが発射するように、空中に飛び出しました。
俊足ランニングバックは強烈なタックルを浴びて、ボールをファンブルしたのです。
高く舞い上がったボールを、後から追いかけてきたマーヴィーズの選手がキャッチし、そのまま、相手側のエンドゾーンに向けて一目散に走り抜けました。
独走状態でタッチダウンだと油断していたファイニーズの選手は誰も追いつきません。
そのまま、エンドゾーンを駆け抜けタッチダウン!!
劣勢な状態から一転して、マーヴィーズが得点したのです。

ゲームはその後も怒涛のようなファイニーズの攻撃が続きましたが、マーヴィーズがそれを凌ぎきり、そのままゲームセット。
誰も予想しなかったマーヴィーズが勝利し、初の1部リーグ昇格を果たしました。

実はこの試合にはエピソードがあるのです。
時計を試合前に戻して・・・・。
試合前のマーヴィーズの控え室。
ディフェンスチームの合言葉は「ロケットファンブルを狙え」でした。
試合前の分析で、俊足ランニングバックのボールセキュリティーが甘いことに目を付けていたディフェンスチームの選手は、何度も攻められることは覚悟して、それでも諦めずにボールを狙ってタックルしようと決めていたのです。

そうすれば、必ずチャンスは訪れる。
だからボールを狙ってタックルしたのです。
だから独走された時も、追いつかなくても全力で走って追いかけたのです。
それは、タックルをして落とすかもしれないボールを奪うため。

誰も予想しなかったマーヴィーズの勝利。
そう、確かに誰も予想していませんでした。
もしかしたら、試合に勝ったマーヴィーズの選手さえも予想していなかったのかもしれません。

試合前の彼らはただ、ただ、仲間を信じて、勝利を信じていただけでした。
彼らがたった一つ予想できたとすれば、それはグランドを最後まで諦めずに走り回っている自分たちの姿だけだったのではないでしょうか。