世の中には興奮する事はいっぱいありますが、先生にとってその1つは間違いなくエベレストです。
先生は、小学生の時に遠足で普賢岳という山に年1回登っていた以外、登山の経験がない全くの素人ですが、この世界一の山だけは以前から気になって仕方がありません。

エベレストで興奮するところは、何といっても8,848メートルと言うその高さです。
これは飛行機の巡航高度 (8,000〜12,000メートル)と同じくらいの高さです。
すなわち、皆さんが頭上の飛行機を見上げたときの高さ、それがエベレストの高さなんです。
標高8,000メートル以上の地帯は、「デスゾーン」と呼ばれ、空気は地上の3〜4分の1しかありません。
そこでは、10キロ以上ある酸素ボンベがないと低酸素症となり生きていけません 。
平均気温は夏でもマイナス30度を下回ります。
モンスーンが近づくと風速50メートル以上の猛烈な吹雪となり、体感温度はマイナス60度にもなります。

そこを登る苦しさを、ある登山家は「マイナス50度の冷凍庫の中で、20キロの荷物を背負い、顔に枕を押し当てて、全速力で6時間以上走り続けるようなもの」と表現しています。
よく映像で登山家が 山の上をよちよち歩いている場面ありますが、そこには1歩ごとに想像を絶する苦しさがあるのです。

このエベレスト界隈で、昨年衝撃が走りました。
それはある遭難した登山家のミイラ化した遺体が、溶けた氷河の中から見つかったからです。
実はエベレストの上には遺体がゴロゴロ転がっています。
その数は100を越えるとも言われています。
エベレストのような極限状態では遭難者を救助する事は難しいです。
二重遭難といって救助に向かった人までが遭難してしまう可能性が非常に高いからです。
そのため、遭難者や遺体は回収されず放置されることが少なくありません。

しかし、今回その遺体に世界の注目が集まったのは、エベレスト登山の歴史を変える可能性があるからです。
現在公式に認められているエベレスト登頂に最初に成功した人は、オーストラリア人のエドモンド・ヒラリーとネパール人のテンジン・ノルゲイという2人です。
2人は1953年に登頂に成功しました。
(この2人についても非常に面白い話があるので、お話ししたいのですがここでは割愛します。)
しかし、この2人に先立つ29年前の1924年、エベレスト登頂に成功したのではないかと言われている2人がいます。
イギリス人のジョージ・マロリーとアンドリュー・アービンです。
ジョージ・マロリーは「なぜ山に登るのか」と聞かれ、「そこに山があるからだ」と発言をしたことでも有名な人です。

この2人はエベレストの山頂から500メートル付近のところにいた事は確認されています。
しかしその後に消息を立ち遭難しました。
問題はこの2人が山頂にたどり着いた後に遭難したのか、それともたどり着く前に遭難したのかと言う点です。

アーヴィンはその当時の最新機種であるヴェスト・ポケット・コダックという、コンパクト・カメラを持っていました。
もし山頂にたどり着いたのならば、記念撮影をしたでしょうから、カメラにフィルムが残されていれば、初登頂の決定的な証拠になるのです。

その、アーヴィンの遺体が見つかったことで、近くからそのカメラも発見されるのではないかと、注目が集まったのです。
残念ながら、現時点ではカメラの発見には至っていません。
しかし、捜索範囲は確実に狭まっています。
近い将来、そのカメラが見つかり、この論争に決着がつくことを先生は願っています。

このように、歴史には、不確定なものがたくさんあります。
教科書で習う歴史は、推論にしか過ぎないこともあるのです。
皆さんが普段から勉強する際、本当にそうなのだろうかと疑問を持って取り組むこと、そのことが皆さんの学習に厚みを与え、より充実した人生を送る手助けになると先生は考えます。

ちなみに、エベレストには素人でも登頂することができます。
ただし、お値段のほうも世界最高峰で800万円ほどかかるそうです。
これを読んでくれた人の中から、誰かチャレンジしてくれる人が出てくることを期待しています。